雪見、月見、花見。

ぼーっと考えたことを書いています。

ブログを見てる?ブロガーを見てる?

いつもお世話になっているid:keisuke9498さんの

【Blog】ブログに最も期待している機能はアーカイブしやすさと探しやすさ - Sakak's Gadget Blog

を拝読しまして。

keisukeさんが得意のブログ論の記事なのですが、

 

ブログを書いている人は、他人のブログを読む時も「書いている人」を見ている。FacebookGoogle+やTwitterは、書いている人ではなく「書かれた記事」を見てる。前者はタイムラインを眺めていて、後者は、わざわざその場所(ブログサイト)に出向く。それだけの違いしかないが、その違いが大きい。

 

これ、本当そう思います。

 

よく、「ブログのアクセスアップのために記事のタイトルを工夫しよう」というのあるじゃないですか。

どんなに内容が良い記事でも、タイトルが平凡だったり目立たないものだったりすれば、無名のブロガーが多くのアクセスを得るのは非常に難しいのは確かです。うまーく火がついて拡散するものもありますけれど、それはやっぱり稀なんだと思います。

 

私自身、特に「多くの人に読んで欲しいな」と思った記事では、タイトルはちょっと考えます。そのおかげでヒットしたであろう記事もありますし、また、おかげで「タイトルが釣り」といって怒られた記事もあります。

 

記事のタイトルっていわゆるキャッチコピーみたいなものです。その短いタイトルにどうやって、内容の要点や興味を引き付けるフレーズを盛り込むかを考えるのは、それはそれで楽しい作業です。「タイトルを工夫する」という行為って批判されることも多いのですが、「どんなタイトルをつけるか」は十分そのブロガーの能力や個性や想いが反映される部分ですから、無下に批判されるものでもないと私は思っています。

 

ただ、タイトルを見て読みに来てくれた人って、実は「書かれた記事」を見に来てくれているだけで、「書いている人」を見てくれているわけでは無いんですよね。「その人の記事が読みたい」ではなくて、「そのタイトルの記事が読みたい」でしかなくて。

 

このことは有名なブロガーさんを考えてみれば分かります。

例えば、押しも押されぬ有名ブロガーのちきりんさんが、ある日「無題」という題名の記事をUPしたとしても、おそらくそのアクセス数は私のような弱小ブログの遥か上を行く数字を叩きだすことでしょう。私がどんなにどんなにミラクルな素晴らしいキャッチコピーのタイトルの記事をUPしたとしても、きっと勝ち目はないでしょう。(失礼ながら、実際、記事一覧を拝見していると、ちきりんさんはそんなには「目を引くタイトル」にこだわりがあるようでもないですし・・・)

 

なぜ、ちきりんさんがたとえ「無題」という題名だろうと、どんなだろうと、アクセス数が稼げるかと言えば、それはみんな「ちきりんさんが書いた記事」が読みたいからに他なりません。

それは確かに「書かれた記事」をみんな読んではいるのですけれど、本当は「記事」を通して「その記事を書いたちきりんさん」という人を見ています。

だって、「この人が書いた記事が読みたい」と思わされたからこそ、次の記事がどんなタイトルであろうが、みんな読みに来るのでしょう?

当たり前と言えば当たり前ですよね。多くの人が、魅力を「記事」に感じているのではなく、「その人そのもの」に感じているから、有名「ブロガー」なんですよ。

 

もちろん、私たちはそんな「有名ブロガー」ではないので、もし急速なアクセスアップを狙うとしたら、「目を引くタイトル」は必要になってくるかもしれません。

ある日、それが功を奏せば、良い感じのヒット記事が生まれるかもしれません。

それで、また次のヒット記事を狙って「タイトル弄り」に精を出すかもしれません。

そして、それがまた当たったり、ハズレたり。。。

それに一喜一憂しながら、ヒットした記事を並べて、自分の代表作みたいに飾ってみたり。

 

何となくあるあるなお話で。

 

でも、私は思うんですよね。

そのブロガーの魅力が純粋に現れているのは、キャッチーなタイトルのヒットした記事じゃなくて、地味ーで平凡なヒットしてない記事の方なんじゃないかって。

 

ヒットしてる記事って、ヒットしているというだけで多くの人が見に来ます。これは、「たまたまテレビに映って来客が増えた!」みたいな、タイトルや内容の良悪だけではないパワーから来ているアクセスですから、ある意味では下駄を履いているわけです。

でも、ヒットしてない地味ーな記事を読みに来てくれた人って、タイトルに釣られたわけでも、検索でたまたまひっかけたわけでも、人気の記事だから一応チェックしておこうというわけでもなく、そしてさらに言ってしまえばその記事が面白かったからでもなく、ただ「その人が書いた記事」だから読みに来てくれてる人なんですよね。

これって、すごく純粋に「ブロガー」の魅力を反映したものです。

 

そう、そうやってただ「次の記事を読みに来てくれる」、この人たちこそが、「ブログ」ではなく「ブロガーとしての私」を見てくれている人たちなんですよ。

ブログに成果を求めるというのもアレですが、仮に成果として誇るとしたら、ヒットした記事のブクマ数でもアクセス数でも無くて、やっぱりこの「ブロガーとしての私」を見に来てくれる人たちじゃないのって私は思います。

 

 

ブログを見に来てくれているのか、ブロガーを見に来てくれているのか。

ブログを見に来て欲しいのか、ブロガーを見に来て欲しいのか。

 

多分、人によって色々です。

 

でも、ブロガーがブロガーとして誇れるのは、ブログを見に来てくれている人ではなくて、ブロガーを見に来てくれる人の方なのではないでしょうか。

あなたや私はやっぱりどこまでも人間で、ブログではないのですから。

 

 

P.S.

というわけで、常連の皆様には、日々、力をいただいていて、感謝してもしたりません。

多分、みなさんが居なければ、何事も三日坊主の私ですから、ブログをどこかであっさり辞めてました。

ほんとうにありがとうございます。

 

とはいえ、「タイトルいじり」はこれからも時々やりますよ、多分(笑)

みんなに考えて欲しいなぁとか、みんなの意見が聞きたいなあという時とか、ちょっと色んな人に読んでもらいたいですし(^_^;)

でも、やっぱり一番の宝物なのは、いつも見に来てくれる人たちだなって、そう思うのです。