雪見、月見、花見。

ぼーっと考えたことを書いています。

累進課税強化で富の格差は解消できる?

私は昨年末、富の偏在についての記事を書きました。

 


「富の偏在」の問題は「富が偏在していること」ではなく「富が偏在していくこと」 - 雪見、月見、花見。

 

これの続きというわけでもないのですが、富の偏在の問題に関連して以前から私が疑問に思っていたことがあるんです。

 

それは、「富の格差の解消のために所得税の累進課税を強化しよう」という主張です。

 

皆様御存知の通り、累進課税とは所得が増えれば増えるほど所得税率が高くなっていく仕組みです。現状でも日本では累進課税制度を採用していますが、これをもっと強化すれば富の格差が解消できるだろうというわけです。

実際つい先日も同様の主張を目にしましたし、そんなに珍しい主張ではないと思います。

 

・・・ですが、私にはどうもこの主張がピンと来ないのですよ。

 

といっても、私は富の格差を解消しようとしていることに反対しているわけではありません。想定している程度には差があるでしょうけれど、現状の格差は縮めないといけない、その方向性については特に文句は無いんです。

 

私が疑問に思っているのはそこではなくて、富の格差を解消しようとするにしても所得税の累進課税強化で果たしてそこまで上手くいくのかなーという手段の有効性についてなんです。

 

今日はそんな話をボーっと考えていきましょう。

 

理想的な富の格差の状態は?

具体的な考察に向かう前に、今回想定している理想的な富の格差の状態についてまず確認しておきます。

 

現在の富の格差を問題視している方々でも、「富の格差が皆無の状態」つまり「完全にみんなの富が等しい状態」を目指しているという方は少ないと思います。

「孫正義さんもイチローさんも安倍総理も私もあなたも、財布の中身は同じであるべき」とまでは一応資本主義の日本においてはなかなか思いませんよね。

 

良い物やサービスを提供し社会に貢献した方にはそれなりに報酬があるべきだけど、特に優秀でないのに富裕層だからといって楽してお金が稼げたり、格差がさすがに大きすぎて貧しい方が困窮したり、教育費に回すお金がなく貧困層の子どももまた貧困層となったりというのはよろしくない――多くの方はこのようなことを思って富の格差を見ているのではないでしょうか。

 

つまり、ある程度能力や功績に応じて適切に分配された富の格差を理想的な状態としているのが一般的な認識だと私は考えています。

 

所得の累進課税強化で格差は解消できる?

では本題ですが、所得の累進課税を強化すると格差はどうなるでしょうか。

残念ながら一部の方の期待に反して、格差は解消されないし、縮みもしないと私は思います。

 

所得税というのはその名の通り利益が出た時に払うものですから、所得税を支払う時は基本的にプラス収支なわけです。つまり、所得税の累進課税がいくら強化されても、富裕層の富は増えにくくはなっても減るわけではないのです。

多額の所得を得た人は累進課税により多額の税金を支払いますけれど、それでも少額の所得で少額の税金を支払う人より、累進課税の計算の仕組み上(超過累進税率)、絶対額としては富に対するプラスは大きいままです。

これでは絶対的な富の差は縮みません。

 

もちろん、富のプラスの差は小さくなりますから、格差の拡大スピードはそれ以前よりは弱まるとは言えると思います。

しかし、結局格差が拡大していくのであれば「累進課税強化で格差が解消できる」はおろか「累進課税強化で格差が是正できる」と言うのも正直なところ過大な期待に満ちた言い方でないでしょうか。

 

とはいえ、富の格差が解消できなくとも、私が前の記事で問題とした「偏在していくという富の性質」を弱める方向性ということでは一見良さそうではあります。

 

ですが、実はここで別の問題が生じてしまうんです。

 

所得の累進課税強化で格差が固定化する

所得税の累進課税強化がなされた時、影響が出るのは富裕層だけではありません。当然ですが中流層以下の人物が大きな所得を得た時も強化された累進課税の対象となります。

例えば、才能溢れる非富裕層の人が新しく優れた物やサービスを社会に提供しその報酬として大きな所得を得たとしても、今まで以上に大きく税金を引かれることになります。つまり、非富裕層から新規に優秀な人物が登場した時も、既存の富裕層に追いつきにくくなってしまいます。

 

ある程度能力や功績に応じて富が分配されるのを理想の状態と言いましたけれど、所得の累進課税の強化はこの富の分配機能を鈍化させ、富裕層は富裕層のまま、中流層は中流層のまま、貧困層は貧困層のままという既存の富の格差の固定化を進めることにつながります。言い換えれば、あまり有能では無い富裕層でも有能な貧困層に抜かれにくく、富裕層に居座りやすくなるんです。つまり、富のランキングがひっくり返りにくくなります。

 

この状況は、優秀な人が富裕層になって、そうでない人はそれなりに、という私たちの感覚に反したものではないでしょうか。

 

そう、累進課税強化によって富裕層を儲けにくくして富の格差の拡大が鈍化したとしても、中流層以下も同じように儲けにくくなって能力に応じた富の分配機能の鈍化や格差の固定化という理想に反した副作用が出てしまうのであれば、あっちを立てればこっちが立たずのようなもので、結局富の格差の問題は解決されないのです。

 

所得はごまかせる

 そして、さらに困るのは、せっかく累進課税を強化したとしても、所得というのは誤魔化せてしまうという現実です。

 

クロヨン(9・6・4)とは税務署による課税所得の捕捉率に関する業種間格差に対する不公平感を表す語である。

(中略)

勤労者が手にする所得の内、課税の対象となるのは必要経費を除いた残額である。本来課税対象とされるべき所得の内、税務署がどの程度の割合を把握しているかを示す数値を捕捉率と呼ぶ。この捕捉率は業種によって異なり、給与所得者は約9割、自営業者は約6割、農業、林業、水産業従事者は約4割であると言われる。このことを指して「クロヨン」と称する。

 

クロヨン - Wikipedia

 

例えば、このような俗語に象徴されるように、サラリーマンは給与があらかじめほぼ定まっている上、雇用主が税金を本人の代わりに支払う源泉徴収システムの普及によりほぼ確実に所得を把握されてしまいます。

一方、自営業の人は売上や経費の額をある程度自分でコントロールできるために、課税される所得を調整しやすいことが知られています。業務用と言って車を経費で購入しておきながら普段使いにも乗っていたり、現金会計で記録が残らないことをいいことに本当はもらったお金をもらってないことにしたり、そんなことができちゃうわけです。そうすると本来よりも見た目の収入が減り、見た目の経費が増えた結果、課税対象になる所得が少なくなるので税金も少なくてすみます。

 

もちろん、そのような操作に限界はありますし、税務署もチェックしています。また、自営業の人がそのような節税(脱税?)を露骨にする方ばかりでもないでしょう。

でもそれでも、自営業や経営者の方々の会計にはそのように公私の境が曖昧なところが必然的に出てきてしまいますから、サラリーマンに比べて所得が把握しにくく税金上有利なのは間違いありません。

 

つまり、大企業の幹部など雇われの方でも巨額の給与所得を得て富裕層になっている方が居るには居ますけれど、もっと多そうな経営者で富裕層のタイプの方々については現状として既に所得が過小評価されている可能性があります。

そんな中で累進課税を強化と言っても、全く効果が無いとは言わないまでも、のれんに腕押しなところが否めないのではないでしょうか。

 

「じゃあ累進課税強化に併せて所得の取り締まりも厳しくしよう!」という声も聞こえてきそうですけれど、当然取り締まり強化のための税務署のマンパワー強化・維持にもお金がかかるわけですから、まずその分のお金を税金から捻出しないといけません。

政府も無い袖は触れませんから、その財源をまずは税金を取りやすいサラリーマンの所得税や消費税から・・・なんてことになり、そもそも誰に対する税金を上げたかったのかよく分からなくなってしまう恐れもあります。

 

いずれにしても、業種によって所得というものの把握の困難さに差がある現状では、所得に対する累進課税の強化というのは、富の分配の質的な不公平を悪化させてしまいかねません。

これもまた理想的な富の格差の状態に反するものではないでしょうか。

 

 

だから、資産税なのだけど

結局、富の格差を抜本的に解消しようとするなら、お金持ちがお金持ちを維持するのが大変になる必要があります。つまり、ランキング上位は上位なりに頑張っていないと上位を維持できなくなる必要があります。

 

錦織選手が最近大変活躍中のテニスでもなんでも良いのですが、ああいうスポーツのランキングでは上位になったら、そのまま楽ちんで上位のままキープってわけにはいきませんよね。

上位になら上位なりにちゃんと勝ち続けないといけませんし、下位の選手に負けると大きくランキングが下がったりしますし、たとえ試合に出ずに黒星を回避したとしても勝たなければ自然にランキングが落下していきます。

 

優秀な人がその能力や功績に応じた富を持つという理想の富の格差システムでは、こういう性質を取り入れる必要があります。

 

その意味で、所得税というのは残念ながら理想的ではない格差解消の方法です。

お金持ちに高所得者が多いからといって、高所得者が必ずお金持ちなわけでも、お金持ちが必ず高所得者であるわけでもないからです。結果、「所得税のターゲット≠お金持ち」となるために、色んな不具合が生じます。

そして何より、所得税を引かれてもプラスはプラスなので、いずれにしても富が増える方向性に変わりがありません。

 

では、どうしたら良いのでしょうか。

 

お金持ちが他の人と違うのは、その名の通り、お金を持っていることです。

ですから、格差を解消しようとするならば、その持っているお金自体、富自体に対する税金の強化が必要です。

つまり、富の格差が問題というならば、その解消のために税制でできることは所得税の強化ではなく、資産税の強化なのです。

 

 

――なのですが。

 

実のところ、資産税強化が良いというのも理想的な場合のお話。

所得税の累進課税強化と同じか下手するとそれ以上に難しい問題が山積なんですよね。

 

せっかくですのでこれも書きたいところなのですが、既に今日の記事は大変長くなりましたので、私が考える資産税の問題点についてはまた日を改めて書きたいと思います。

 

それにしても、富の格差というのは本当に御し難いものですね。。。

 

 

 

 

P.S.

私は読んでいないのですが、 資産税の強化というのは最近話題のピケティさんも仰られているようですね(同時に所得税の累進課税の強化も言われてるようですが)。

当然素人の私なんかと比べるとそこに至る議論の緻密さやロジックの洗練度が全然違うと思うのですが、結論が同じであることを聞いた時は少しビックリしました。また是非読んでみなきゃとは思っているのですが、やたら分厚いんですよね・・・。

読む時間あるかなぁ(´・ω・`)

 

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