雪見、月見、花見。

ぼーっと考えたことを書いています。

鬼は外、福は内

11月。

 

テレビをつけたまま、うとうととしていた私は乱暴なノックの音で起こされた。

 

上弦月もおねんねしているような夜中ともなると、さすがにちょっと寒い。

 

――いったい誰よ、こんな時間に。

 

一瞬頭に来たが、残りもわずか2枚になった壁掛けカレンダーが目に入ってすぐ思い直す。

 

――ああ、そうだった、もうそんな時期なんだ。

 

そう、もう一年経ったのだ。

 

「・・・はーい、はーい。ちょっと待って、今開けるから」

 

さすがにヨダレを垂らした顔では出られない。

相手が相手だからどうでもいいような気もするが、やっぱり何か嫌だ。

そそくさと軽く身だしなみを整えて、ヨシッと小声で気合を入れて、玄関へ向かう。

 

カチャカチャ、ガチャリ。

 

「うーっす、久々。元気だった?」

 

一年弱ぶりに見る、その顔は相変わらずの赤ら顔だった。

 

「元気も何も、あんたそれぐらい知ってるでしょ。まあ上がって」

「おっ邪魔っしまーす」

「ぎゃー、あんたの汚い素足で上がらないでよ。スリッパあるから、スリッパ」

「おう、すまねぇな。いつも外回りだからついつい忘れてたわ」

「だいたいねぇ、突然夜中にノックとかビックリするからやめてよね。もういい加減チャイム使うのも覚えてよ」

「あんなもん昔なかったからもう癖でなぁ。ま、次は気をつけるから」

「はぁ・・去年もあんたそう言ってたよ」

「堅いこと言うなよ、俺とお前の仲じゃあないか」

「仲良くなった覚えはありません!」

「ちっ、つれねぇな。・・・さてと、とりあえずトイレ貸してくれ」

「いきなりかい!ま、廊下のそこのドアだから。って、知ってるか」

「サンキュー」

 

ガチャガチャ、バタン。

 

 

一瞬の静けさを得た部屋の中で思う。

 

――でも、もう一年になるんだなぁ。

 

歳を取ると、一年が早く感じる。

光陰矢のごとしと、昔の人は言ったようだけれど、ニュートリノでも越えられなかった光速をこの世界で越えられるとしたら、おそらくは時間の流れかもしれない。

 

――この一年で、私はちょっとは変われただろうか。

 

こう自然に思わされるのは、あいつが毎年ずっと変わらない姿だからだろう。

もじゃもじゃ頭に赤ら顔。天と地を指さしているような2本ずつの大きな角と牙。

 

そう、今年もあいつ――鬼がやってきたのだ。

 

トイレから滝の音がした。

何となく自分が使う時より力強いように感じる。

 

――さてと、奴の分の寝床も作っとかなきゃね。

 

先日干しておいた布団を取り出しに、私は奥の部屋へ向かった。

 

 

  ◆

 

 

12月。

 

「いっただっきまーす」

「はーい、召し上がれ」

 

テーブルを挟んで向かい合う形で座っているが、視線は二人とも中央に注がれている。

 

「うんうん、やっぱり冬は鍋だよなー」

「あったまるっしょー」

「知っての通り寒いの嫌いなんだわ。俺は」

「まあねぇ。でも、東北の鬼たちは冬でも元気そうだよ」

「あいつらは特別。泣く子を黙らせるために訓練されたエリート鬼たちだから」

「どんなエリートよ」

 

ぐつぐつ。

鍋を見る。

そろそろ豆腐も煮えた頃合いか。

2人で食べるには多すぎる量だけど、鬼は食いしん坊なのでこれぐらい大丈夫だろう。

 

「福の野郎、今頃どのへんかな」

鬼がつぶやく。

「さーねぇ。今が一番忙しい時期なの?やっぱり」

見計らったように、テレビからも聞き慣れたこの時期専用の音楽が流れてくる。

2000年以上も毎年誕生日をお祝いされているのも彼ぐらいのものだろう。

「うむ。毎年この時期に白ひげ赤服の変なおっさんと、あと赤い鼻の鹿と一緒に世界各国回って荷物積み込んでるみたい」

「もうすぐ本番だもんねー。ちなみにあんたもたいがい変なおっさんだからね。それと鹿じゃなくてトナカイ」

「うっせぇなあ。しっかし、福の野郎も何でまああんな外国の野郎とつるむようになったんだか。どうせグローバリズムだかなんだか流行りものに影響されたんだろ」

「あんたもちょっとは見習いなさいよ」

「俺は伝統を大事にしてんの。新しいもんが何でもいいってわけじゃねぇだろうがよ。ほんっと、これだから最近の若いもんは」

「あ、肉できてるよ。もーらいっ」

「・・・げ、てめぇ!俺が育ててたのに。くっそ油断してた」

「ふふん」

 

宴の時も過ぎ、締めの雑炊が終わると、さすがに2人共満腹になる。

この満腹が身となり肉となると思うと、体重だけでなく気も重くなってくるが、たまにはいいだろうと自分に言い聞かせる。

 

「で、今年はどんな年だったよ」

鍋の余韻の静けさを破って、鬼が尋ねてきた。

「えー、それ聞くの?」

「聞くよ、それが毎年俺の楽しみなんだよ」

「はぁ・・・まぁ、いいこともあったけど、やっぱり悪いこともあったなぁ」

「例えば」

「また振られた」

「ふっふっふっふ!」

鬼はそれはもう嬉しそうで、今にも吹き出しそうな顔をしている。

 

「だーっ、やっぱあんたの仕業だったか!」

「まあまあ怒るなよ、これが俺の仕事なんだから。それにしても愉快愉快」

「分かってても腹立つの!きーーーっ、さっきの鍋のおもてなしを返せ!!」

どう考えても武器にはならないが、私は怒りのあまりに傍にあった菜箸を振り上げる。

 

「はっはっは、すまんすまん。まあ、良い事もあったんだろ?」

「まあね、今年の仕事はけっこう順調で、自分でもうまくできたと思う」

「ああ、仕事はなぁ。うん、なかなか俺手出せなかったもん。お前のガード硬かったわー」

「ふん、雑魚め」

「うるせぇ、ほんとはちょっと手ぇ抜いてやったんだよ!」

もとから赤い顔がさらにちょっと赤くなったようだ。

「うわっ、負け惜しみ、ださっ。鬼の風上にも置けないね」

「こんにゃろ、下手に出ればいい気になりやがって」

「ふっ、なにそのベタな悪役のセリフは」

「いやだって、俺悪役だし」

「あ、それもそうね」

 

話も一段落し、間ができたので、ふと鍋に残ったご飯粒を見つめる。

閑散とした彼らは祭りの後の寂しさを象徴しているようだ。

 

「ま、お前頑張ってたよ。それだけは認めてやる」

そんな静けさの隙をつくように鬼がささやく。

「え・・・ちょっと、悪役なのに、良いこと言わないでよ、気持ち悪い」

「まあ、一応お世話になってる分ぐらいはな。鍋とか」

「ふん・・あんがと」

うれしい半面、 なんだか気持ち悪いなぁと思いつつ、ひとごこちついたので、二人で食卓を片付けることにする。

それにしても、食事の準備はやる気が出るのに、片付けはやる気が出ないのは何故だろう。

 

「そういえばさ、夏に海外出張行ってた時に泥棒にあったことあったけど、あれもあんたの仕業?」

私は洗い物中の暇つぶしに質問してみる。

 

鬼はテーブルをせっせとふいていたところだったが、その質問に磁石で吸い付いたみたいに手がピタッと止まった。

 

「あー。あれな。そういうこともあったな」

「やっぱあんたか!」

「・・・あ、いや。なんというかさ」

なんだか歯切れが悪い。

「ま、たしかにあの後奇跡的にバッグが戻ってきたおかげで、幸い仕事も上手くいったからね。結局うまく私をやっつけられなかったから悔しいんでしょ」

「ちげえよ」

私も洗い物の手が止まる。

「何が」

「あれは俺じゃねえ」

「じゃあ誰よ」

思わず語気が強くなった。

聞こえてないはずもないのに、間が空く。

「そりゃ、外国だったから、悪魔だかデビルだか言う奴だよ」

間が持たなくて耐え切れなくなりそうになった頃、ようやく鬼は静かに絞りだすように答えた。

ちょっと予想外の話に、私は目を丸くする。

「えー、外国の奴らの仕業だったの、アレ?」

「ま、そういうことだな、あいつらも常に鴨探してるからな」

「ふーん。でも知ってるってことは見てたんだ」

「俺もついていってたからな」

「げー、あんたストーカー?」

「まあな、目標に付きまとって隙あれば痛い目に合わせるのが俺の仕事だからな」

なるほど、そうだった。

「でも、その時、あんた何してたのよ。外国の悪魔さんだかと一緒にバッグ処分しちゃえばよかったのに」

軽い気持ちで聞いた質問だったのに、返事がなく、突如、部屋を静寂が包んだ。

テーブルの上に残されたままのフキンが、この空気に納得がいかないと主張しているように見えた。

鬼はこちらを向いていたが、焦点は私の顔より奥にあるような気がする。

 

さっきよりも間がさらに長い。

「・・・ちょっと、黙ってないで何とか答えなさいよ」

沈黙に耐えられず、私は追及する。

 

この話題から逃げられないと悟ったのか、鬼はため息をつくと、心を決めたように口を開いた。

「・・・あのな、あいつら、カバン盗むだけじゃなく、お前の命も奪おうとしてたんだよ」

「・・・えっ」

血の気が引く音が聞こえた気がした。

「お前のカバンを盗んだ奴らはこそ泥なんかじゃなく、強盗だったんだよ。現場に居合わせてたらお前は今ここにはいない」

「うそ」

「あの時急に呼び出し電話が鳴っただろ?それでお前部屋を飛び出して難を逃れたんだよ」

その時の様子を慌てて頭の中にロードする。

「そういえばそうだったかも・・・でも・・・あ、まさか」

もしかして。

「・・・ああ、あの電話は俺がかけた」

ああ、やっぱり。

「でも、なんでそんなこと」

 

鬼は私の方を見るのをやめて向こうのテレビの方に顔を向ける。

私もついそちらを見る。

テレビはこの週末に行われていたクリスマスイベントの特集らしい。

画面いっぱいに広がる子どもたちの笑顔がまぶしい。

 

鬼が話し始める。

「お前は俺の獲物なんだよ」

私は何かを言おうとしたが声にならない。

「あいつらにやられてたまるかよ」

鬼の声はその図体にふさわしくないほどか細い。

「だからやってやったさ。あいつらやってやった」

テレビは天気予報に移っていた。寒気が日本に流れこむためクリスマスは雪が降るかもしれないらしい。

「でもさ、聞いてくれよ。あいつら、せこいんだぜ。こっちがちょっとトゲトゲがついた棍棒しか持ってないのに、銃とか撃ってきやがる」

ホワイト・クリスマス素敵ですねー、なんて天気のお姉さんが脳天気な表情ではしゃいでいる。

「西洋の悪魔気取るんだったら、鎌とか剣とかあるだろうによ。防弾チョッキまで着て完全武装よ。ふざけてるよな、こっちは虎柄パンツいっちょだっつうのによ」

「・・・大丈夫だったの?」

ようやく声が出た。

「まあな。ま、あいつらヒョロヒョロの骸骨みたいな奴らばっかだったから。鍛え方が違うんだよ。鍛え方が」

鬼は自慢の肉体を誇るように胸を叩く。

「でも、怪我とかしなかった?」

「あー、まー、その、ちょっとはしたかな?」

「ちょっとって!?」

つい大声が出る。

「まあまあ、そんな興奮するな。そうだな・・・全治3ヶ月ぐらい?」

「ひーふーみー・・・ってちょうどうち来た3ヶ月前じゃない?大丈夫なの!?」

「大丈夫大丈夫。全治って言ったじゃん。その間はちょっと動けなかったが。だから会った時も、『うーっす、久々』って言ったろ?」

「そんな・・・」

なんでだろう、足に力が入らない。

感覚がなくなってきた。

私は今ほんとうに床に立っているのだろうか。

「まあまあ、いいじゃねえか。もう終わったことだし。それに俺がいなかったからこの数ヶ月は平和だったろ?よかったじゃん」

鬼はうそぶく。

私はついに座り込んでしまった。

「よくない」

はっきり言ったつもりだったが、出てきた声は震えていた。

「・・・お前な、鬼がいなかったのが良くないだなんて、珍しいこというなぁ。あー、もう泣くな泣くな。ちょっと顔拭け」

知らない内に私は泣いていたらしい。

鬼が私の顔を拭ってくれる。

「ごめんね」

悔しいが、もう完全に涙声だった。

「・・・いや、いいんだよ、俺が勝手にやったことだし。つーか、悪事でお前を泣かせるのが本来の姿だから、助けて泣かせたら俺の立場が無いんだよ、だから泣き止んでくれ」

「・・・うん、ごめんね。ありがとう」

「ま、忘れてくれ、このことは。俺にとってもバツがわりぃ」

 

しばらくして、何とか私の涙腺も気を取り戻してくれた。

鬼は心配そうに泣いている私をずっと黙って見ていたが、今度こそちゃんと私の顔に焦点が合っているので、こっ恥ずかしい。

 

「・・そうだ、片付けしないとね」

その視線を振り切るように私はシンクへ向き直った。

 水栓を開けようと蛇口に手を伸ばそうとして、その時に手に持っているものに気づいた。

 

この色といいツヤといい・・・。

 

「・・・ちょっと、これテーブル拭いたフキンじゃない!なんてもので涙拭わせてんのよっ!!」

「あ、ごめ、近くにあったんでつい」

「ついじゃねえええええええ!!」

「ひーーーごめん。怖い怖い、全くこれじゃどっちが鬼だかわかんねえな」

 

鬼はそういって怖がるように肩をすくめて見せたが、その表情はどちらかというと笑っているようだった。

 

 

  ◆

 

 

大晦日。

 

「どの番組にする」

鬼が聞いてくる。

「んー、ゆく年くる年で」

「えらい渋いな、まあ、俺もこれのがいいけど」

先程までの紅白の熱狂が嘘のように、ただ鐘の音だけがのんびりとした歌合戦を続けている。

 

「来年はどんな年になるかなぁ」

このセリフを言うのにこんなにふさわしい時は無い。

「まあ、今年よりは絶対悪くなるぜ。俺復活したし」

「げろー。あー、海外の悪魔どもも、もうちょっと頑張ってくれてもよかったかな」

「ふん、こないだビービー泣いてたくせに!」

「うっさい!」

 

それにしても、年越しを待つまでの時間は不思議な時間だと思う。

今年でもあって来年でもあるような。

誰しもが、ついつい何か自分の心の奥底を見つめてしまう、そんな魔力がある。

鬼も、こういう時に何かを考えるものなんだろうか。

 

その魔力からだろうか。こたつの上に残った二人の年末トランプバトルの残骸を見つめていた時に、ついそんな心の奥底が顔を出してしまった。

 

「・・・あのさ、来年もやっぱり、同じだよね?」

 

しまったと思ったけれど、既に想いは空気の震えに変換された後だった。

「ああ、同じだ」

これだけのセリフで、鬼にも意味が通じたらしい。

「そか、そだよね。でも・・・なんか・・・なんかだ」

想いが変な形で声になる。

「・・・おい、日本語になってねえぞ。意味分かんねえよ」

いや、きっと鬼にも分かっているはずだ。そんな気がした。

「だってさ・・」

この勢いで言いかけたところ、鬼が遮る。

「はいはい!それまでそれまで!もうすぐ年が明けるってのに、辛気くせえな。新年は笑顔で迎えてやるもんなんだよ。来年の話をしたら鬼は笑うんだぜ、知ってたか?」

勢いのいい鬼の言葉で上手く蓋をされ、元来臆病者の心の想いは再び奥の方へ引っ込んでいった。

 

「・・うっさいなぁ、それぐらい知ってるよ。でも、あんたのいうことももっともだわ。うん、ごめんね。もっと笑顔でいきますか!」

そう、元気でいないと。

こういう話を鬼が望んでないのも分かるから。

「そうそう、そのいきだ」

鬼の表情も和らぐ。

「って、言ってるうちにあと30秒だよ、どうするどうする?」

「うわー、じゃあ年越しの瞬間にジャンプするか。それで年越しの瞬間地球にいなかったって言おうぜ」

「あんたは小学生か」

 

そうこうしている内に、あっという間に30秒は経って、元日は来た。

結局なぜか、乗せられて二人でジャンプした。

着地した時、二人で大声で笑った。

 

ひとしきり笑うと、また静寂がやってくる。

NHKは年が越えても冷静沈着なままだった。

私たちが大笑いしていた時に、ちょっとぐらいつられてくれなかったかな、なんてふと思った。

そんなはずはないのだけれど。

 

 

それにしても、あれだけ色々思い悩んでいた新年なのに、来てみると何も変わらなくてあっけない。

108回の鐘の音も私たちの煩悩を取り除くにはまだまだ足りないのかもしれない。

 

でも、ともかくも、新年は来たのだ。

 

来てしまったのだ。

 

 

  ◆

 

 

1月。

 

特に変わらない日々を過ごす。

でも、なぜだろう、カレンダーを見るたびに、何か心臓がキュっとなる。

 

原因は分かってる。

でも分かってないフリをしたい。

分かってないことにしたい。

 

 

でも。

 

 

  ◆

 

 

2月某日。

 

あっという間にその日はやってきた。

2人共、何も言わなかったけれど、当然2人共気づいている。

 

「さてと」

鬼の一言に、私はビクッとなる。

ビクッとしたの、気づかれただろうか。

 

「そろそろ?」

平静を装うが、声は震えてないだろうか。

 

「うん、そろそろだ」

鬼の表情はいつものままで、その気持ちをうかがいしることができない。

 

「そっか」

 

「そうだ」

 

二人で玄関に向かう。

鬼にとっては久々の玄関だ。

11月から約3ヶ月。

・・・でも昨日のことのようにも思える。

 

「じゃあ、今年もよろしくな。ま、せいぜいがんばれよ。容赦しねえからな」

「うん」

私の声は弱い。

 そんな私を見かねたように、鬼は吐き出すように言った。

「あー、もう、元気ねぇなあ。それじゃこっちも張り合いがでねえんだよ。あのな、もともとこういうシステムだろ?寒いうちだけ鬼も一緒に中にいれてもらえる。俺達は寒いの苦手だからな。その間はお互い休戦にして、俺も悪事に手を出さない。でも春が来たらちゃんと出て行く。代わりに年末年始と出張で忙しい福が帰ってくる。そして、その瞬間から、俺達の戦いの再開だ。ずっとそうして来ただろ?」

鬼の声もなんだか必要以上に力んでいるように思えるのは気のせいだろうか。

まるで、鬼も自分に言い聞かせているように思えた。

「うん」

私は力なくうなずく。

「だから、ほら、ビシっとやってくれ、いつものやつをよ。昨日ちゃんと買ってきてたじゃねえか」

鬼は私の手にある袋を指さす。

袋の中では豆が寒さに耐えるようにおしくらまんじゅうをしている。

「ほら、投げろよ。思う存分投げつけろよ。ま、別に痛くも痒くもねえんだが、伝統だからな。ほら、俺って伝統を大事にするほうだから」

袋を開いて、一部を取り出す。そして、強く握り締めながら聞いた。

「次の冬にはまた来る?」

「えーー、もうそんな先の話?・・・ああ、来るよ、来るってば。・・・ほら、俺は伝統を大事にするほうだろ?」

「知ってる」

繰り返しについ吹き出してしまった。

「じゃあ、やってくれ。ビシっとな。・・・おっと、ちゃんと巻きずしも用意してるんだろうな?」

本当に伝統にはうるさい。

「うん、あるよ。そうだ、聞いとかなきゃ。今年はどっちに行くの?」

「今年は南南東だな」

「分かった。覚えた。・・・じゃあいくよ」

「うん、お別れだ。また、いっぱい嫌がらせするからな。泣くんじゃね・・・いや、違うな。大いに泣けよ、泣き叫べよ」

そういう今のあんたの顔こそ。

「ふん、あんたなんかの雑魚鬼の手には乗らないんだから」

多分、私の顔もか。

「くっくっく、言ったな。まあ年末にはまた感想戦しようぜ、鍋でも囲みながらな」

結局鬼も先の話をしているのに気づいているのか気づいてないのか。

 

「うん・・・じゃあ、またね」

「ああ、またな」

 

「では」

 

「来い!」

 

 

鬼はー外ーー

 

福はーーー内ーーー

 

 

  ◆

 

 

全力で投げつけて、無理矢理腕を振り回したから、筋肉が痛い。

 

――慣れないことをしたらいけないね。

 

ドアの鍵をかけた後、私は静かになった部屋に一人戻る。

この部屋はこんなに広かっただろうか。

ばらまかれた豆の後始末も大変だ。

 

――あ、そうそう、忘れないうちに。

 

私は冷蔵庫を開け、巻きずしを取り出す。

スーパーで特売されていたのを適当に買ったからか、ちょっと大きすぎたようだ。

 

「では、いきますかー」

 

声は誰にも反射しない。

 

「今年は南南東だったね」

 

独りでつぶやきながらその方角に向き、私はおもむろにがぶりつく。

 

 

がじがじ。

 

 

――今なら分かる。

 

なぜ無言で食べないといけないのか。

今しゃべったら泣いてしまいそうになるから。

今心を開いたら何かがあふれてしまいそうになるから。

 

これはアイツとの戦いのゴング。

もう、休戦期間は終わったんだ。

だから、アイツの行く先をジッと見据えて、睨み倒さないといけないんだ。

 

――これからは敵だからね!

 

私は何かを振り切るように心の中で宣戦布告した。

 

 

がじがじ。

 

 

しかし、やっぱり大きすぎた。

 これは手強い。

 

 

――うん、今年のアイツとのバトルは苦戦しそうだなぁ

 

 

私は覚悟を決めた。

 

 

 

 

節分 鬼 お面/赤鬼面

節分 鬼 お面/赤鬼面

 

 

 

 

P.S.

今週のお題「節分」ということで。

 

とまあ、何か慣れないものを書きましたけれど(汗)

温かくなるころになってから鬼を追い出すのって、昔の人は優しいなぁ、と思ったので。

 

でも、鬼もたまにはいないと、人生張り合いが無いですよねっと。

だから悲喜こもごも、頑張って行きたいなと思って書きました。

お目汚しすみませんでした(;´Д`)