命とお金どっちが大事? ―― Say Hello to BLACKJACK
★医療費増大時代を迎えて
昨今、生活保護の医療扶助にもメスが入るなど、医療費の増大が問題になっています。
生活保護、医療費に一部自己負担…政府検討 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
最近では毎年一兆円ずつ増えていって、とうとう37兆円/年だそうです。
その1%さえ3700億円、1万分の1でさえ37億円。
・・・ほんと、一生拝めなさそうな、なかなか実感がわかないお値段でございます。
とまあ、こんなに大きな数字ですし、それがどんどん増えているときたら、抑制したくなるのが人情というものでしょう。
ただでさえ不景気なのに、世の中がこんな大きな負担に耐えられるのか、そういう不安もあるでしょう。
ですが、少し考えてみて下さい。
医療費は本当に抑制するべきなのでしょうか?
今、私たちにつきつけられているこの問題は、私たちの「命とお金」に関する考え方を問う非常に大事なものなのです。
その問いは人類にとって馴染み深く、シンプルなのに難しいあの問いです。
「命とお金どっちが大事?」
★BLACKJACKの哲学
私は手塚治虫先生のBLACKJACKという漫画が大好きです。有名ですから、きっとご存知ですよね。
Black Jack―The best 11 stories by Osamu Tezuka (17) (秋田文庫)
- 作者: 手塚治虫
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2003/08
- メディア: 文庫
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モグリながら世界有数の名医BLACKJACKの活躍を通して各エピソードに描かれた愛憎や苦悩のひしめく人間模様は圧巻です(未読の方は是非!)。
ストーリーもさることながら、本作を更に魅力的にしているのはそのキャラクターです。もちろんヒロイン(?)役のお転婆でやんちゃなピノコもとってもかわいいのですが、なんといっても特徴的なのは主役のBLACKJACKの少しひねた性格でしょう。
医者を主人公にした物語と言えば、患者さんのために限界まで頑張って自分の犠牲もいとわない情熱に溢れた熱い性格ということが多いのですが、BLACKJACKはあくまでニヒルでクールで冷めています。
「治療費は1億だ」
などと、平然な顔をしてとんでもない治療費を要求するのです。
お金持ちから取って、貧乏人から取らないようにしている――というわけでもなく、ほぼBLACKJACKを頼った患者はこの高額請求を示されます。
もちろんあまりに高額なので、患者は皆とまどい、そして怒り、罵ります。
「金の亡者」
「ガメツイ」
「ケチ」
などなどなどなど・・・。
しかし、そんなご当人はどこ吹く風。
「それが払えないなら別の医者をあたるんだな」と治療する能力がありながらあっさり患者を見捨てる始末です。
「命よりお金を大事にしている」と言われかねない冷酷な態度。
もし、BLACKJACKがこのネット時代でtwitterやfacebookをやっていようものなら一瞬で炎上、蒸発しているでしょう(笑)
・・・さて、皆様はどう思われるでしょうか。
なぜ彼は法外な医療費を要求するのでしょう?
そしてなぜあくまで冷徹なのでしょう?
読み始めた当初は分からないと思います。
そして、実は作中でも真の彼の意図は語られず、結局不明のままではあります。
しかし、各エピソードを読み進めていくと、次第に彼の心が垣間見れるようになってきます。そしてそれが自分の中で消化されて実感が湧いてくるときに得も言われぬ感動を呼び起こすのです。これがこの作品の最大の魅力の一つと私は思っています。
この彼の哲学が表れていると思われる最も有名なエピソードは「おばあちゃん」というお話です。未読の方のために、その一節をご紹介します(でも、できればコミックでお読み下さい)。
(紆余曲折を経て)――母親が倒れ、息子とBLACKJACKの会話
「治るんですか。先生。お願いします」
「私に主治医になれと言うんですか」
「もちろん、治療代はお支払いします」
「治る見込みは少ない。90%生命の保証はない。だがもし助かったら3000万円頂くが」
「3000万円?」
「あなたに払えますかね?」
「い いいですとも! 一生かかってもどんなことをしても払います!きっと払いますとも!」
「それを聞きたかった」
お分かりでしょうか。
つまりBLACKJACKが求めているのはお金ではないんです。
「覚悟」なんです。
「患者(依頼人)が本気で治そう(治したい)」と思っているかどうか、そこを確認しているのです。
考えても見て下さい。
高額な治療費を請求をされて「ガメツイ」「ケチ」と言う人たち。
彼らはBLACKJACKのことを「命よりお金を大事にしている」として批判しているつもりです。
しかし、その問いかけをした瞬間、彼ら自身にもその問いかけが振りかかっていることに気づいているでしょうか?
そう、BLACKJACKを罵ったその時、その瞬間、彼らは紛れもなく値切ってしまっているのです、最も大切なはずの命の値段を。
お金なんかよりもっと大事なはずの命をお金の大小で計算してしまっているのです。
そこをBLACKJACKは見逃しません。
所詮、「命が危ないのにお金に執着している人間」「命を大事にしない人間」と見限るのです。
そんな命を大事に思わない人間こそ、彼が最も嫌い、そして治療する価値が無いと思っている人間なのです。
本当に命が大事ならいくら治療費が高くとも死にものぐるいでそれを達成しようと努力するはずで、その素振りが無いものはまだ本気で治ろうとしていないのだ。本気で命に向きあっていない患者を治す必要など無い。
彼はそう言っているのです。
つまり、BLACKJACKは「命よりお金を大事にしている」どころか、「命に比べればお金の価値なんて全く無い」と思っており、だからこそいくらでも高額な請求をするのです。
このBLACKJACKの哲学、いかがでしょう。
ともすれば、普段「命の価値」に無頓着になりがちな私たちにとって、ハッとさせられるところが無いでしょうか。
さて、今日の医療費増大の問題に戻りましょう。
先ほども述べましたが、日本の医療費が増大しています。
そして、これを抑制するべきかどうか、議論が起きています。
本当に難しい問題ですよね。
ですが、こう考えてみて下さい。
今、日本が治療を受けるためBLACKJACKに受診しています。
そして、彼はこう言います。
「治療費は37兆円だ」
静まる診察室。
張り詰める緊張感。
向かいには冷徹で情け容赦のない、しかし真剣にこちらを見る彼の眼差しがあります。
さあ、日本はどうするべきでしょうか?
あなたはどうしますか?
どう思いますか?
ええ、もちろん、この問いが、人類にとって馴染み深く、シンプルなのに難しいあの問いにつながっていることは言うまでもありません。
さあ、今こそみんなで考える時なんです。
命とお金どっちが大事かを――
・・・それでは、皆様の中のブラックジャックによろしくお伝え下さい。
ブラックジャックによろしく(1) (モーニングKC (825))
- 作者: 佐藤秀峰
- 出版社/メーカー: 講談社
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P.S.
ちょっと濃ゆいお話ですが、ほんとに大事なことだと思ってます。