妊娠ノ自由
私はどちらかと言うと人手不足の職場に勤めています。
限られた人員で、襲い来る膨大な仕事に立ち向かわなくてはならず、全員毎日残業するのが常になっています。
人を増やせればいいのですが、様々な制約があり、なかなかうまくいきません。
逆にむしろさらに人員削減が決まる始末です。
日中ではリアルタイムにこなさなければならない仕事も多く、担当を分けて各業務を回さなくてはいけないのですが、これでは1人1業務割り振ってギリギリの状態で、これ以上人が減った日には誰かが体を2分割しないといけないなあなんて、冗談ともつかない愚痴がどこからともなくこぼれます。
どうにもこうにも、この人員でやっていかねばなりません。
そんなギリギリの日々の中、ある時、同僚の一人に妊娠が発覚しました。
既婚の女性であり、当然起こりうるイベントです。
非常に真面目で、精力的に仕事をこなす方で、私たちの仕事における彼女の役割は非常に大きいものでした。
妊娠したとなると、当分彼女の仕事の負荷は抑えねばなりませんし、いずれは産休を取り、休職することでしょう。
戦力の大幅なダウンは否めません。
ただでさえもとから人手不足にあえいでいた職場ですから、みんなの動揺は凄まじいものでした。
一気に、本人には聞こえない裏側で色々な声が飛び交います。
ちょっとちょっと・・・、これからどうやって回したらいいの!?
あはは、こりゃもうだめだな・・・
もうあきらめよーぜー
もういっそ辞めようかな・・・・・・
何を隠そう、私自身もこの知らせを聞いた時、目の前が真っ白になったのを覚えています。
毎日、仕事に迫られる閉塞感の中で私も追い込まれていたのだと思います。
そして口には出さないまでも思ってしまったのです。
何で・・・、何で・・・こんな時に妊娠なんか
自分がこんな醜いことを考えてしまったことに、すぐに気づいてさらに落ち込みました。
本人の提案で、今後の仕事の割り振りに関して話し合いが設けられました。
ひとまず、日中の仕事は何とかがんばってもらって、時間外にかかる業務に関して他のメンバーで分け合う形になりました。
ただ産休期間以後のことは完全に白紙で、どうしたものかさっぱり見えないままですが。
話し合いの中、終始、彼女は申し訳なさそうにしていたのが印象的でした。
厳しい状況だけど、でも、あなたは何も悪いことしてないのに
そう口に出すと、さらに恐縮するであろう彼女が見えるので、心の中だけで抑えます。
彼女が他のメンバーへの報告のために席を立つと、延長戦よろしくガヤガヤと皆が思いを吐露します。
そんな中、ある男性メンバーがつぶやきました。
こうもバッドニュースが続くとやってられないね
耳を疑いました。
でも、その発言は皆の会話の流れの中に埋もれて誰も取り立てて指摘することはありませんでした。
人のおめでたつかまえて、バッドニュースって・・・、あんた何様?
あんたは一体どうやって産まれてきたんだっ!
・・・言うべきだったのでしょうか。
でも言えませんでした。
私もさっき醜いことを思った一人だったし・・・。
指摘するタイミングが無かったことにして自分の中で逃げました。
思い返せば、話し合いの初っ端のみんなの「おめでとう」の声は、悲しいぐらいに小さかったです。
仕事中、彼女は目に見えて体調が悪そうなことが多くなりました。
悪阻がひどいのかもしれません。
そして、彼女はあろうことか残業時間まで仕事を捌きます。
根が真面目な彼女は、
私のせいで、みんなの仕事が増えている
と、罪悪感を持ってしまっているのかもしれません。
そんなもの持たなくていいのに
あなたが気を遣うべき相手は一人だけで、私たちなんかじゃないのに
休んでもいいよって、声をかけて早退や休憩を勧めても、
ううん、大丈夫だから・・・ありがとう
弱々しい笑顔でそう答えるばかりで、仕事を続けていきます。
部長も他のメンバーも、そして私も、先ほどのように無理はしないようにと声はかけています。
でも、もしかすると本気で止めていないのかもしれません。
仕事が多いのは確かだし、彼女が働いてくれればそれだけやっぱり助かるのです。
強く言えない自分が嫌になります。
こんなある日、他の部署の友人たちと飲みに行きました。
うちの話はしてなかったのですが、たまたま、仕事と妊娠の話になり、驚きの話を聞いたのです。
来年度は人もいるし、妊娠してもいいよって上に言われたー
言われるまま待って、上手く妊娠しなかったら責任取ってくれるのかな(笑)
妊娠が何となく許可制になってしまっているのです。
そして、みんなもそれを仕方がなく受け入れてしまっているようです。
確かに、私がいなくなったら仕事回らないしねぇ
独り身爆走中の私にはあまり実感が無いことでしたが、気づいたら、こんなにも子どもを産みにくい世界になっていました。
女性が働きながら子どもを産む。
これは制限されるべきことなのでしょうか。
仕事が多い。人が少ない。
この過酷な状況が、女性を仕事か子育てかどちらかしか選べないようにさせています。
両方を求めることがそんなにも贅沢なことでしょうか?
社会の仕事量、配分を女性が妊娠・出産・育児が可能なように調整できないのでしょうか?
私には世の中の仕事量が男性の精一杯に合わせてできているようにしか思えません。
そして男性でも時折、それに耐えられないぐらいなのに。
これを仕方ないなんて思えません。
制限されるべきは「妊娠ノ自由」なのか「仕事ノ義務」なのか。
本当はみんな分かってるはずです。
あんなに頑張っている彼女たちを追い詰めないでください。
「おめでた」をみんなが心から「おめでとう」と言える、そんな当たり前が私は欲しいです。