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雪見、月見、花見。

ぼーっと考えたことを書いています。

カノジョは市場を愛しすぎてる

社会 労働

昨日あったちきりんさんのこの記事。

 

誰に評価されたい? 上司? 会社? それとも市場? - Chikirinの日記誰に評価されたい? 上司? 会社? それとも市場? - Chikirinの日記

 

これは以前の

 

「生産性の概念の欠如」がたぶんもっとも深刻 - Chikirinの日記「生産性の概念の欠如」がたぶんもっとも深刻 - Chikirinの日記

 

この記事の続きとして記された記事なのですが、非製造業(ホワイトカラー)の生産性の概念を欠いた非効率的な仕事ぶりを引き続き強く批判する内容です。

 

2ヶ月ほど前、「日本では、製造部門を除き、生産性という概念があまりに欠如してるよね」っていうエントリを書いたら、「生産性なんて上げても給与が上がるわけじゃないから意味がない」みたいな反応があってびっくりしました。

 

(中略)

 

加えて、「生産性を上げても上司に評価されるわけではないから」みたいな反応まであって、マージびっくり。そんなことが働く動機になってる人がいるなんて、カルチャーショックでごじゃります。

 

(中略)

 

「自分だけ生産性を上げたりしたら、自分だけ仕事が増えるからイヤだ」って人もいるんだけど、それの何が問題?

生産性を上げて仕事が増えたなら、さらに高く生産性を上げればいいだけじゃん。

 

「そんなことしたら、損だ」って?

 

いったい、あなたにとっての「得」って何??

 

あたしなら少々仕事が集中しても、それを利用して、どんどん自分の生産性を上げていきたい。そうしたら、上司や組織が評価してくれなくても、市場が評価してくれるもん。

 

誰に評価されたい? 上司? 会社? それとも市場? - Chikirinの日記

 

このように「組織の中の評価なんかほっといて市場の評価を得るようにがんばればいいじゃん」というのがちきりんさんの基本的なスタンスとなっています(長めの引用失礼しました)。

 

うん、おっしゃりたいることはすごく分かるのですけれど、どうしてもこの辺は私の感覚と違うんですよね・・・。

 

というのは、「生産性に関係なく残業を厭わないで長く働ける人」こそをその「市場」が求めてしまっているからです。

残念ながら、ちきりんさんの言う「アホな上司」こそが「日本の労働市場」における主要な顧客だからです。

 

例えばすごく優秀で生産性の高い人でも、出産育児を機に時短勤務を望んだ途端、邪魔者扱い、というのは散々社会問題になってる通りです。

そもそもちきりんさん御自身で「日本の非製造業で生産性の概念があるところを見たことがない」と言われているのですから、そんな社会であることは認識されているはずです。

つまりは日本の非製造業の組織はそんな「アホな上司」ばかりというわけで、その人たちが欲しい人材というのはやっぱり「生産性の概念」と関係なく選ばれてしまうのです。

 

このような日本の「労働市場」の評価基準の歪みこそが諸悪の根源なのですから、その「市場」を頼みにしてしまうのはちょっと本末転倒に感じてしまいます。

 

もちろん、フリーになるとか、起業するとか、世界に出るとかして、「労働市場」ではなく直接「商品市場」に打って出れば、「アホな上司」や「アホな組織」の元で働かなくて済むかもしれません。

でも、仕事ってそんな直接一般顧客を相手にする仕事ばかりじゃないじゃないですか。どうしても組織の中で役割を担うことで成り立つ仕事ってのはあるわけで。

そういう部門で働く方が「商品市場」に打って出ようとするなら、それは「生産性」どころか「生産品の種類や質」そのものを変えないといけないので、もはやそれは「組織の中で生産性を向上する」という話とはかけ離れてしまうように思います。

 

結局、組織の中で働く仕事をされてる方は「労働市場」に従うしかないのです。

 

その意味では、みんな既に「市場」に評価されようとしているんですよね。

その「市場」がアホだからアホなことしなきゃいけないってだけで。

そもそも、批判されてる「長時間ダラダラ働いて残業代がっぽり」なんて、まさに合理的な損得勘定で、ものすごく「市場原理らしい」発想じゃないですか。

 

もちろん、そんなアホなことしてる組織はいずれ「生産性を上げたまともな組織」に駆逐されるかもしれません。いつかは日本の労働社会がちゃんと「生産性の概念」を持つようになるかもしれません。

 

でも。

そうはなってない。

まだそうはなってないんですよ。

 

「いつかは」って言われたって、今既に働き盛りの人にとっては、それが30年後や50年後じゃ意味がありません。「明日にでもそうなる」「来年には必ず」とかそれなりに確かな未来のビジョンとして見えてこないとどうしようもないのです。

だってみんな、今食べていかなきゃいけないし、今養わなければいけないし、今生きていかなきゃいけないから。

そんな人たちが「アホな上司」「アホな組織」「アホな労働市場」に仕方なく媚びへつらわないといけないのは、仕方がないことではないでしょうか。

 

「現実の市場」の歪みを置きっぱなしにただ「理想の市場」に打って出ろと言ってしまうのは、全員に向かって「速く走れるように日々頑張って、いずれオリンピックに出ればいいじゃん」と言ってるぐらい、酷なことと思います。

そんなこと言ったって「その一握り」に入れない人は生きていけなくなっちゃうのですから。

それを恐れる気持ちというのは、人間として当然の心理だと思います。

 

だから、今必要なことは、「シューズが綺麗な人」や「練習時間が長い人」や「コーチをヨイショする人」ではなくって「ほどほどに走れる人」や「少し走れる人」や「そこそこ走れる人」がちゃんとその走りに応じて適切な評価をされるように、まず「労働市場」そのものを叩き直すことではないでしょうか。それと、ちゃんと評価される「市場」になったんだな、それこそ「広い市場」「開かれた市場」になったんだなって、実感じゃないでしょうか。

 

そして、それはただ走りだせば得られるものではないでしょう?

また、「市場原理」だけでは壊すことはできても、直せるものでもないでしょう?

「市場原理」のもとでハマっちゃった悪循環なのですから、もともとの「市場の価値基準」が変わらないとどうにも袋小路のままなのです。

 

 

最近でこそ、ブラック企業の問題なども取り沙汰されるようになって、光明は見えてきているようにも思います。

でもまだまだ道半ばといったところで。

 

生まれ変われるか、さもなくば死か。

 

そういう時代ではあるのかなと感じます。

 

 

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P.S.

色々書いたんですけれど、ちきりんさんの言う「市場」の姿というのは、私もそうあるべきと思う点では、とっても賛成なんですよね。生産性をちゃんと評価される市場、別にそれを否定するものではないんです(そもそも、私はちきりんさん大ファンですし!)。

ただ、現状そうはなっていないのが大きな問題で、そしてそこに至るための道筋の見方がちょっと違いそうというのがあって。

 

あくまで「市場原理」で「弱肉強食・適者生存」させようというのがちきりんさんのスタンスで、多分「いずれ来るグローバル市場」が「今のアホな日本市場」を駆逐すると考えて、このような記事を書かれてると思うんです。

でも、駆逐の経過では「戦乱」が起きるんですよ。どうしても。

それは「第二次大戦後には軍国主義日本はマシになる」って言ってるようなもので、理屈としては分かるんですけれど、倒産やリストラなどで罪の無い人たちが大量に犠牲になるのも見えるので、私にはどうしても辛いものがあります。

いくら「古い体制」でも、その中で生きていかなきゃいけなかった人たちはいっぱいいるんですから。

 

だから、「日本が自ら生まれ変わること」に期待したい、私はそう思ってるんです。

 

その意味では、私の方がよっぽどちきりんさんより理想主義的なんですけどね。(´・ω・`)

 

 

ちなみに、私が評価されたいのは「上司」でも「市場」でもなく「私自身」です。

常々自分に恥ずかしくないように生きて誇りをもって死にたい、そう思って生きています。

そうは言っても、ついつい甘えちゃったり、難しかったり、悔しい場面は多いですけれどね。。。

頑張りたいです。

 

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