残業税を導入しよう!
長時間労働については、このブログでも散々そのメカニズムや問題点を考察してきましたが、「ブラック企業」という言葉も浸透して久しくなり、うれしいことに「長時間労働はマズイ」という空気は徐々に形成されつつあるように思います。
問題意識が定着したら次は、ではどうしたら長時間労働をなくすことができるのか、というのが課題になります。
それを考える上で、忘れてはならない大事な要素が、冒頭の記事でもあるように「労働者にも長時間労働するインセンティブ(動機)がある」という点です。
会社が労働者をこき使っているのだから労働者は嫌がっているはずかと思えば、そうでもないケースは案外少なくありません。
だから、会社側に加え働いてる側にも「労働時間が減ったら困る」みたいな感覚がある。「残業代でローンと教育費を払ってます。なので、労働時間、短くなるの困ります」って・・・。
分かりやすい例が、このように労働者自身が残業代を当てにしてしまっているケースです。
御存知の通り、残業代は割増計算になりますから、単純な比較だと日中より「美味しい仕事」になります(もちろん、サービス残業でない前提ですが)。
すると、単純にお金の絶対量が欲しいだけであれば、日中は力を抜いて疲れない程度にほどほどにやっておいて、わざと残業するというのが一番賢いやり方になってしまうのです。
本来、残業の割増賃金というのは、会社にとって割が合わないようにして長時間労働をさせにくくする目的と、労働者にとって(本当は働きたくないはずの)貴重な時間を費やす対価としての設定のはずでした。
しかし、先ほどのように労働者がむしろ長時間労働したくなってしまうという労働基準法の理念と逆行する動きを生み出してしまうのです。
これは、先日私が書いたような、「自由時間」の価値を非常に低く見積もる日本社会の性質と強く関連していると考えられます。
「時間」の価値が低いからこそ、その「カネ」の割増が魅力的に映るのです。
私ごときが大御所のお二人に並んで意見をあげるのもアレなのですけれど、ちょっと気になる議論だったので。「生産性の概念の欠如」がたぶんもっとも深刻 - Chikir...
さらに、会社に対する「割増賃金」による長時間労働抑制効果もかなり限定的と言われています。
どうも、日本においては割増率の低さから、既存の社員を割増賃金で残業させる方が、新たに人員を雇うより楽なのだそうです。
日本は「通常日」の割増率(つまり平日の残業代)は25%、「休日」の割増率(休日出勤手当て)は35%ですが、こんな低い国はありません。アメリカ、韓 国は50%(平日、休日とも)、イギリス、マレーシア、シンガポールはそれぞれ50%、100%。ドイツも40%程度、60%程度となっています(ドイツ の場合は、各産業分野の協定で決まるから、幅がある)。国際的に見て、いかに日本の割増率が低いか、よく分かります。
新たに社員を雇うと、割増賃金を払わないとしても福利厚生などで会社が負担する分がありますし、一度雇ってしまえば簡単に解雇もできないので景気の良し悪しに対する柔軟性も失われるということで、よっぽどでなければ仕事の増加は既存社員の長時間労働で賄おうとするのだとか。
割増率が十分高くないせいで、会社に対する長時間労働を抑制するという目的が果たせず。
時間を犠牲にすることを厭わない労働者性格から、労働者に対しては割増賃金にすることでむしろ長時間労働を推進してしまっている側面がある。
日本で長時間労働がなくならない一因にそのような何とも矛盾しているようでしてない不可思議な事情があるのです。
会社に対して長時間労働抑制をさせようと割増率を上げると、労働者が自主的に好んで長時間労働する可能性がありますし、労働者が自主的に好んで長時間労働をしないように割増率を下げると、会社が喜んで残業させてしまう可能性があるのです。
長時間労働を抑制するためには、自発的な残業と、非自発的な残業、両者を上手くコントロールすることが必要なのです。
残業税の可能性
以上を踏まえた上で、どうしましょう、というのが冒頭の記事でも色々と考察されていますが、皆さんはどう思われるでしょうか。
大の残業嫌いの私としては「残業禁止法を!」と言い切りたい気持ちはやまやまなのですが、絶対に残業禁止というのは、それはそれで柔軟性にかけますし、極端に厳しすぎる規制は結局上手くいかない可能性も高いでしょう。
そこで、提案するのが「残業税」です。
昔から、漠然と頭の中でこのシステムのモデルはあったのですが、この度ちょっと調べてみると、他にも同じことを考える方はいたようで、ちらほら「残業税の導入を!」と言われているのを散見します。
あらら、全然、私のオリジナルでもないんですね(ちょっと残念)。
ただ、「残業税」の可能性について、きっちりまとめたものは少なそうでしたので、せっかくなので素人の私なりにちょっとボーっと考えてみました、というのが今回の話になります(相変わらず、前置き長っ・・・)。
■残業税のメカニズム
では、私の提唱する「残業税」のシステムをお示しします。
まず、残業時間の賃金割増率は増やします。企業に長時間労働抑制するインセンティブを持たせるためには欠かせません。
具体的な数値は分からないのですが、他諸国のように50%程度にはとりあえず上げてみてもいいのではと思います。
このまま割増のままですと、逆に労働者に自発的に長時間働くインセンティブが生まれてしまうので、これを防ぐために、割増分は全部源泉徴収で取り上げます(笑)
残業賃金は確かに上がるのですが、その割増分は全て残業税として取り上げられるので、実質的に非時間外労働も時間内労働と同じ時給になるのです。
例えば、日中時給1000円だったとして、時間外労働すると時給1500円。
普通なら時間外労働すれば500円美味しい仕事のはずです。
でも残業税が導入されているので、時間外労働しても500円は残業税として源泉徴収されて国庫に入り、企業は1500円払って、労働者は1000円もらいます。
このように、税金を取ることで、企業側・労働者側、双方にとって長時間労働を嫌いにさせるのが、残業税の狙いになります。
■税金の使い道
税金の使い道は、ベーシックインカムなどのセーフティネットか、少なくとも労働者に支給する「労働手当」などとして公平に再分配し、結局は労働者層の懐に入るように設計します。
残業代があって、ようやく生活できるという方もいますので、ただ割増分を奪うだけですと厳しいですしね。
ただ、残業した分で生まれた税収ですが、残業しなかった人にも平等に送るシステムなので、申し訳ないですが残業した本人が得られるメリットはかなり弱くはなっています(そうしないと意味ないですし)。
■残業税のメリット
残業税では、労使双方の長時間労働のインセンティブを断ち切るだけでなく、他のメリットも期待されます。
サービス残業や、残業税をごまかすような行為をした場合、今までの労働基準法違反だけでなく、脱税行為にも当たるので、税務署からのチェックも入ることができる点です。
実は、労働基準監督官は非常に足りないらしく、そのために、これだけ「ブラック企業」と叫ばれているにもかかわらず労働基準法違反が放置されている現実があるようです。
その点、残業税を導入すれば、どの企業も欠かせない納税の際に、残業税の処理が適正に行われているかを定期的にチェックすることができます。
もし怪しい点があれば調査に入り、ちょろまかしがあれば脱税で御用となります。
企業だけでなく、進んで協力していた社員がいた場合はその方も御用です。
このように残業税を導入することで労基署以外の側面からも長時間労働にメスを入れることができ、その二重の監視の圧力から企業・労働者双方の長時間労働のインセンティブを失わせることが期待できるのです。
こうして、長時間労働が抑制されれば、新規の人員を雇うようになり失業率の低下しますし、既存の社員の方も早く帰宅できることで生活面・健康面での豊かさを取り戻すことが期待されます。
⇩のような育児にまつわる社内のいがみ合いも軽減できると思います。
■残業税の課題
ここまで見ただけでは夢のような残業税ですが、もちろん課題も山積みです。
いくつか見てみましょう。
①経済活動が回るかどうか
「長時間労働はうちの業界では必要なんだ。長時間労働を抑えては企業の競争力が落ちてしまって、海外企業との戦いに勝てなくなってしまう!」
・・・なんか、言われそうな話ですよね。
確かに、仕事内容によっては定時で綺麗に切り上げるというのが難しいものもあるのだろうと思います。分担するよりは個人で持った方が良いものというのもあるでしょう。
そういうところに、無理に定時勤務の圧力をかけると競争力の低下や、その業務の労働者の士気を下げるリスクはあると思います。
ひいては日本経済の没落を招きかねない・・・というのはやっぱり言われちゃいそうな点ではあります。
ただ、少なくとも割増率については海外企業も取り入れている水準ですし、あまりにも不利になるはずもないのではと考えます。
もし、定時業務に切り替えて上手く回らないとしたら、それは長時間労働が必要な場合だけじゃなくて、長時間労働というシステムに慣れすぎてしまっていて、仕事を分配する・分担するスキルや、仕事内容をスムーズに引き継いだり共有したりするシステムが上手く築かれてなかっただけの面もあるのではないでしょうか。
ひとしきりそのあたりの努力をした上で、仕事がちゃんと回るかどうか適宜検証していくのではダメでしょうか。
②労働者の生活は耐えられるか
上でも少し書きましたが、残業代が無いと生活できないという層が存在します。ローンなど、残業代を当てにしてる方もいるでしょう。
彼らには残業税が導入された場合、割増代金がもらえなくなった影響が即時に直撃します。その時に、大丈夫なのかどうかが課題になるでしょう。
残業税からの分配金が回ってくるまで、時期が遅れる可能性も高いですし、また額も減っている可能性が高いので、おそらく、まず間違いなく減収になります。
それをカバーしようとして、企業と結託して残業税の脱税行為に走る可能性も少なくないでしょう。
ですので、軌道に乗るまでは、一時的に労働者手当として何らかの補助金を出す必要性に迫られる可能性はあると思います。
その場合、財源をどうするかが、また悩ましいところなのですが。。。
③脱税行為は簡単に摘発できるか
上で、メリットとして税務署からの監督も可能という点を挙げましたが、私も税制業務に詳しいわけではないので、本当にチェックが可能なのかどうか不安が残っています。
先ほどのように必要に迫られて、労使が結託して脱税行為をはたらくケースがあまりにも多発した場合、摘発しきれないおそれもあるでしょう。
労働基準監督官だけでなく、税務調査官も人員不足に悩んでいるという困った話も見かけましたので、過度に期待をかけすぎるのもマズイかもしれません。
そうすると、結局は、労働基準監督官と税務調査官をどちらも増員すべし、となるのですが、これがまた公費がかかりますので、財源どうするんだ問題が発生してしまいます。
残業税で得られた収入の中から回すのも手ですが、あまり抜きすぎると庶民に再分配する分が減ってしまいますので、そのバランス調整には慎重にならないといけないでしょう。
④汚職のリスク
私たち大衆としては、「公」の仕事にも注意を払わなければなりません。
信じていないわけではないのですが、権力が増えると、その濫用や汚職のリスクが増えるのも自然の摂理でしょう。
公権力がその増加した影響力をもって、企業や労働者を「言うこと聞かないなら摘発するよ」と言って、いいように操る可能性も否定はできないのです。
彼らを正義の味方とばかりに、信じきるわけにもいかず、権力の濫用や汚職が無いか一定の注意は払い続ける必要があるでしょう。
⑤そもそも税制法案が通らないかも
で、一番のネックになりそうなのが、コレですね。
残業税として通すためには、法案を通す必要がありますが、これが通るかどうかが怪しい気がするのです。
わざわざ法案として通すためには、世の中一般で「長時間労働を無くそう」という機運がかなり高まってないと、直接的なメリットの少ない企業連合の票田や、「仕事は美徳」と考えてる人がまだまだ多い中では、なかなか難しいと思われます。
多少、人々の中に「ブラック企業はひどいよね」ぐらいの気持ちはあったとしても、「残業税」のようなもはや「全ての長時間労働」を目の敵にするようなシステムまで賛成してくれるかとなると、あんまり期待できないかもしれません。
そうすると結局、まず「長時間労働を無くそう」という空気をもっと行き渡らせないといけないわけですが、「長時間労働を無くそう」という価値観が多くの人に浸透した場合、価値観が変わる時労働者の自発的な長時間労働のインセンティブも一緒に弱くなるはずなので、「残業税」を導入する以前に目的が半分ぐらい達成されてしまっているというジレンマがあります。
この意味では、「残業税」の提案そのものが机上の空論でしかない、そんな悲しい話とも言えます。
長時間労働はどうすればなくせるか
というわけで、私なりに色々考えてみましたが、いかがだったでしょうか。
「残業税」面白い可能性を持った提案だとは思うのですが、本当のところどうなのかは未知数な面が多そうです。
あまり強い「残業税導入を!」の主張を見かけないところを見ますと、専門家の中では既に有名な何か根本的な問題があるのかなぁと思うのですが、素人の私が思いつくのは上に挙げたぐらいが今のところ精一杯です。
何かご存知の方、いらっしゃいましたら、是非教えてください。
さて、元はといえばの課題、
――長時間労働はどうすればなくせるか
「残業税」、「残業禁止法」、案は色々あるとは思いますけれど、結局戦う相手が「空気」だったりしますから、その「空気」を変えるべく地道に頑張るしか無いのかなーと感じています。
多分、特効薬は無いのです。
でも、だからといって治せないものではなく、コツコツと千里の道も一歩から、とちょっとずつ進んでいけたらいつかは着くって、そう思ってます。
<参考記事>
P.S.
はい。
実はこれ、「労働豊作貧乏シリーズ」の続きとして書いてる意味もあります(ほぼ1年ぶり・・・)。
解決策の前のところで中断してたのですが、解決策については考えれば考えるほど課題が沸いてきちゃって難しいのですよねー。
とはいえ結局、私独りでウンウンうなっていてもしかたがないような気がしてきたので、こうやって案として出してみて、他の方の意見が聞けたらなーと、思って書いています。