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雪見、月見、花見。

ぼーっと考えたことを書いています。

What a Beautiful World

 

皆さんは、尊敬している人はいますか?

恩師と呼べる人はいますか?

 

私にはいます。

2人います。

どちらも、私の人生の中でずっと忘れられない人たちです。

特に担任として親切だったとか、よく勉強を教えてくれたとか、そういう普通の教師の業務での印象が残っているわけではありません。

けれど、二人とも、私に大事なことを教えてくれたんです。

しかもほんの一瞬で。

 

 

今日はなんとなくそんな昔話しようと思います。

 

 

 

    ◆

 

 

 

その先生は塾の講師でした。

 

私はその塾に通う小学生だったのですが――当時いじめにあってました。

今から思えば、塾でまでよくやるなぁというところなのですが、実際に受けていた当時の私としてはその塾の授業の合間の休憩時間は、恐怖の時間帯でした。

しかも、学校の同級生で親友と思っていた子も、塾で私がターゲットになるとあっさりいじめ側に参加したということもあり、もう何も信じられないというか、ほんとうに辛い日々でした。

毎回送り迎えしてくれる親にも、子どもながらに罪悪感と悔しさがあってどうしても切り出せず、我慢を重ねていたのです。

 

そんなある日の休憩時間、その先生が突然教室に入ってきて、現場を差し押さえました。張り込んでいたのか、偶然だったのかわかりませんが、とにかく先生はみんなを怒鳴り散らし、叱りつけました。休憩時間も終わって授業時間が始まっても、みんなを立たせて説教を続けました。

私は被害者なので、一寸前と泣く子役が交代したその光景を呆然と眺めるしか無かったのですが、今から思えば、塾なのに授業もほっぽって、しっかり説教できるのはすごいことのように思いますその後の授業の進行とか、保護者対策とか大丈夫だったのでしょうか?

 

ともかく、先生のおかげで、いじめはそれっきりパッタリと止んで、私に平穏な日々が帰って来ました。親友(?)との仲は帰って来ませんでしたけど。

でも、いじめを救ってくれたことが尊敬の理由ではありません。もちろん、すごく感謝してますが、私の心を奪ったのは、騒動のあとでこっそり呟いてくれた、たった一言でした。

 

 

「キミは頭がいいし、周りのこともよく見てる。だからこれから生きていく中で、世の中の汚いところ、おかしいところ、そんなところが全部見えてしまうかもしれない。・・・でもね、それでも世界を嫌いにならないでね」

 

 

それでも世界を嫌いにならないで――

 

 

先生はその理由も根拠も言わなかったのですが、幼心にこの言葉は響きました。

いじめにあって、親友に裏切られて・・・と、ほんとうに世の中が憎くて、世界が嫌になってしまってもおかしくない時でした。

でも、私は世界を嫌いになれなかったのです。

だって、世界はほんとに嫌なことばかりだけれど、私を助けてくれた先生が「それでも嫌いにならないで」と言うのですから。

 

 

ずるいよねぇ。もう私は世界が嫌いなものだけじゃないって知ってしまったんです。

もう、大好きな先生に言われたら――そうするしかないんですよ。

 

 

だから、私は

「世界を嫌いにならない」

そう決めました。

 

 

すると、不思議なもので、そう決めてしまえばいじめた人たちへの憎しみもスッと消えてしまいました。

それは、まるで魔法のようでした。

 

 

ほんの一言の呪文でしたけれど、魔法は今でも私にかかっています。

 

 

 

    ◆

 

 

 

その先生は高校の美術の先生でした。

 

その日は美術の最後の授業で、その時間も残り僅かとなっていました。

比較的新任のなんとなくヤンチャな兄ちゃんのような先生で、特別それまで何も思っていなかったのですが、その授業の最後のセリフが今でも心に残っているのです。

 

 

「えー、というわけで美術の授業はこれで終わります。まあ、多くの者にとっては、これが人生最後の美術の授業で、今後油絵を描いたり、彫刻刀と格闘したりことはないだろう。そういう意味ではこの授業で学んだことは君たちにとって特に役立つ技術ではないだろうね。――でも、美術の授業が終わっても、大事にしてもらいたいことがある。それは何かを"美しい"と思う気持ちだ。何だっていいんだ。その辺に咲いている花でも、店の食器でも、何だって。何かこの色いいなとか、この形いいなとか、そう思えることが大事なんだ。世界は綺麗なものでいっぱいだ。でも見ようとしないと、案外見えないものなんだ。綺麗なものを見つけて、その時に"綺麗だな"って思えること、これが美術だ。それをこれからの人生、忘れないで欲しい。じゃ、解散。」

 

 

授業が終わったというのに、私はしばらく呆然としていました。

絵を描いたり、彫刻を削ったり、そんな創作技術が美術だと思っていた私には目から鱗の話でした。

でも確かにそうなのでしょう。有名な画家とか彫刻家は、そういう創作技術の名手である前に、この世界の美しいものを見つけるプロであったはずです。美しいものを認識できなければ、美しいものを表現することは不可能です。きっと、この世界の未知の美を見つけて掘り出すという喜び、その探究心が彼らの力の源泉だったのです。

 

世界は綺麗なものでいっぱいで、見つけられるのを待っている――ほんと素敵で感動しました。

 

 

私はもう全然絵を描いたりはしてないですけれど、きっと美術は今もやっています。

 

 

 

    ◆

 

 

 

やっぱり生きていると色々なことがあります。

嫌なこと、むかつくこと、許せないこと。

ほんと、世界は理不尽で汚いものでいっぱいに見えます。

 

でも、そんな時に私はいつもこの2人の先生の言葉を思い出すのです。

今でも先生方は私に大事なことを教え、諭しててくれるんです。

世界は綺麗なところだよって、そんな捨てたもんじゃないよって、思い出させてくれるんです。

 

今はどうされてるかもわからないですし、そもそも多くを語り合ったわけではありません。

でも、たった一言ずつで、私の人生観を変えてしまいました。

言葉の力があれば、それだけで十分なんです。

 

 

 

 

皆さんは、尊敬している人はいますか?

恩師と呼べる人はいますか?

 

私にはいます。

2人います。

どちらも、私の人生の中でずっと忘れられない人たちです。

勉強じゃなくて、人生を教えてくれた、だから尊敬しています。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

P.S.

今日は11月1日。いいひとの日。

 

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