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雪見、月見、花見。

ぼーっと考えたことを書いています。

ねぇねぇ、そういえば、どこの国に住むか決めた?

社会

 

ベルギー国籍申請の仏富豪、増税回避を否定

 

こんなニュースが出てました。

フランスの大金持ちのおじさんが、税金逃れのためにベルギーに国籍を移すというお話です(いえ、ご本人は否定されてるんですが)。

以前、私も猫ひろしさんの国籍問題のお話を書いたことがありましたが、多くの人はきっとこのニュースを聞いても猫ひろしさんの時と同じように「ふーん、国籍まで変えるなんて、よくやるねー」と思われるかもしれません。

ですが、私はこの国籍移籍という選択肢は今後もしかすると流行るんじゃないかなと思います。

誰しもが好きに国を選ぶそんな時代が来る気がするんです。

 

 

    ◆


多くの人には国籍変えなんて一大事としか思えず、あまり実感がわかないかもしれません。
ですが、実は日本国憲法にも、ご丁寧にこうあります。

 

第二十二条  何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
○2  何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない
 
意外にも、「気に入らなかったら出てってもいいよ~」ってあっさり認めてくださってるんです。しかも、憲法です。最強です。
これは「国籍離脱の自由」といって、日本だけでなく現代では多くの国で認められている基本的権利のようです。その気になればあなたも私もすぐに脱国してOKなんですね。
この条文を見ていると「思ったより国籍変えって簡単かも?」なんてワクワクしてしまいます。
 
 
とはいえ、そうは問屋がおろしません。
脱国がたとえみんなに認められている権利だとしても、国籍変えを達成するには大きなハードルが残っています。
このハードルは大きく2つあります。
 
 
      ◆
     
 
(1)受け入れ側の問題
まず1つ目のハードルは、移籍先の国が簡単には受け入れてくれないことです。
国家さんは離脱はあっさりOKしてくれても、多くの場合移民の受け入れには慎重です。脱国は自由だけど、帰化には承認が要るんですよね。
先ほどの国籍離脱の条文と比べれば、その慎重さは一目瞭然です。
 
第四条 日本国民でない者(以下「外国人」という。)は、帰化によつて、日本の国籍を取得することができる。
2 帰化をするには、法務大臣の許可を得なければならない。
第五条 法務大臣は、次の条件を備える外国人でなければ、その帰化を許可することができない。
一 引き続き五年以上日本に住所を有すること。
二 二十歳以上で本国法によつて行為能力を有すること。
三 素行が善良であること。
四 自己又は生計を一にする配偶者その他の親族の資産又は技能によつて生計を営むことができること。
五 国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと。
六 日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと。
 
ああもう、条文長いよー。
 内容も5年も日本に住んでて、悪いことしてなくて、自分で生計が立てられること――ですって。何だか急に注文が多くなっています。
 
「悪いことしてない」という条件は、まだ分かります。
でも、「長く在住してること」や「自分で生計が立てられること」を求めるのは、何だかせこくないですか?
憲法で「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」とか高らかに謳っていたりもするんですよ?
「人間皆兄弟」とか言ってた聖人君子が、裏で「あいつなんか友達じゃないしぃ~」と誰かを仲間はずれにしているのを聞いてしまったような居心地の悪さを私は感じます。
 
これには受け入れへの抵抗する国民感情が背景にあるんだと思います。
日本の深刻な少子高齢化で不足する労働力の確保に「移民を受け入れよう」という話が時折あるものの、「治安が~」とか「文化が~」など色々理由をつけて反対する人が多いですし、移民の国を自称するアメリカであっても「移民が我々の職を奪った!」などといってよく喧嘩をしています。
みんなが何をそんなに嫌がっているのかというと、つまるところ自分たちの既得権益を新参者に奪われることです。
以前の「愛で戦争は無くならない」という記事でも少し触れたように、人間はやっぱりなんだかんだいって身近な存在を好むものです。「予想外の行動を取るかもしれない、いきなり襲ってくるかもしれない」「わざわざ来る奴なんて、こっちの利益を狙ってるに違いない」と外から来る人間に対しては警戒感・不信感が強いのです。
これらの不安が強くて、「うちらに貢献できる人材だったら、仲間にいれたげてもいいけど?」みたいな、ともすれば傲慢な言い草になってしまっているんだと思います。
「去る者は追わず、来るものは・・・拒む」というちょっとアンバランスな態度なんですね。
 
 
 
(2)移住する人の問題
2つ目のハードルは、違う国に行くとなるとついてまわる文化・言葉の壁です。
 
 色々な手続きのめんどくささを抜きにしても、もし国籍を変えるとなると躊躇する人が多いでしょう(私もです)。そもそも国籍を変えるどころか、5年住んでみろというだけであっても相当の勇気を要することでしょう。
 だって、うどんもおそばも他の美味しい美味しい日本の料理が食べられないだろうし、いつも見てたTV番組も見れないし、行きつけの慣れ親しんだお店ともお別れ。それにそれに、風習とかルールとかも違うだろうし、日本語しかしゃべられないのに友達も家族もいないとこだから絶対寂しい。
異国の地に行くということは、慣れ親しんだものを捨て去る――そこまで言わなくても遠く離れることですから、大きな不安を抱きます。
もちろん、それに打ち勝って、留学やビジネスなど世界に挑戦する人たちも多くいらっしゃいますが、おそらくはそれ以上に「何となく行ってみたくなくもないけど、やっぱり何だか不安で日本に居る」という人も多くいると思います。
 
 
    ◆
 
 
いくら憲法で「国籍離脱の自由」が保証されていたとしても、この2つのハードルがあるせいで、今のところ国籍変えはマイナーな選択肢のままです。
ところで、この2つのハードル、よく見てみれば同じ共通基盤から端を発しています。それは「外国や外国人に対する異物感」です。
 
「外国は日本と全然違うはず」
「外国人は日本人と全然違うはず」
 
こういう気持ちが私たちの不安を駆り立てるせいで、外国人を簡単に帰化させないようにするし、海外に行ったとしてもちょっと旅行にいって覗き見するぐらい、住むなんてもってのほか、となります。
 
ですが、本当に外国や外国人はそんなに異物でしょうか?
 
 
今の世の中、どこの国のどこの街にもマクドナルドやスターバックスコーヒーがあって、どこの店でもコカ・コーラが買えて、どこの人でもAmazonでネットショッピングをして、iphoneを持ってお出かけをして、gmailのアカウントを持っていて、twitterfacebookskypeでコミュニケーションして、You tubeの動画を楽しんでます。
 
 
世界規模の企業や、世界規模のネットサービスなどの発達で、もはや世界は驚くほど似たようなものになってきているんです。
もちろん、全く一緒ということはありませんし、違うことは違うのですが、それはあなたと私が違うのに少し毛が生えたぐらいの違いしかないのかもしれません。しかも間違いなく、その差は今後縮んでいきます。
いつかは外国に対する異物感も取れる日が来るはずです。
 
その時こそ、まさにハードルが無くなる日――つまり、誰しもが好きに国を選ぶそんな時代が来る時なんです。
 
 
これはそんなに荒唐無稽な話ではないと思います。
考えてもみて下さい。
昔は日本の中でも小さな国がいっぱいあって、それぞれで戦争をしていたこともあるんです。でも、今は日本全体で1つの国として立派に成り立っています。県から県へ移動も本当簡単なものです。
 
同じことが世界でも起きないと言えるでしょうか。
 
日本とアメリカが昔戦争していたよという話が山口県と鹿児島県が昔戦争していたよというレベルで、日本語と英語の違いが関西弁や東北弁の違いと同じレベルで扱われることが本当に無いといえるでしょうか。
 
 
日本が徳川幕府の武力によってではなく、明治以後の鉄道などの交通網・郵便などの通信網の発達で本当の意味では統一されました。
そして世界は今、飛行機やインターネットで狭く、近くなっています。
いずれ世界が統一されないと言えるでしょうか。
 
 
 
すぐじゃないかもしれません。
でも確実にやってくることと思います。
 
 
 
 
学校の休憩時間の昼下がりに、
 
「ねぇねぇ、そういえば、卒業後どこの国に住むか決めた?」
 
なんて、あたかも大学・就職なんかの進路を決めるかのように、どこの国に住むかの進路で悩む若者たちの世間話が繰り広げられる未来もきっと来るんです。
 
 
 
    ◆
 
 
さて、国籍移籍という選択肢がメジャーになる、あるいはなったとします。
そうすると、国家運営の作戦も大きな見直しを迫られます。
 
 
例えばお金持ちの人への対応です。
私たちはとかく「お金持ちから税金を多くとって、貧しい人に配るべき」と考えます。そして程度に賛否はあるでしょうが、実際にそういう作戦にのっとって税金が取られています。貧富の差の拡大の防止や社会保障のためには必要な作戦です。
しかし、国籍移籍が自由にできるようになると、冒頭の富豪のように高い税金に嫌気がさしてもっと条件の良い国にあっさり移籍されてしまいます。これはその富豪から得られていた税金がいきなりゼロになってしまうわけですから、大きな税収ダウンです。一方、受け入れ側の国は税率こそ少し安めにしてあるものの、もともといなかった人が移ってきてくれたのですから税収は大きなプラスになります。出ていかれた国もこのまま富豪がいなくなってしまえば困りますから、税率を下げざるを得ません。
つまり、富豪の獲得を巡って、税率の値引き競争が始まります。
 
「今なら大富豪割りキャンペーン中!」
「ご紹介入国者が居れば更に所得税率3%OFF!!」
 
こんなPOPで客引きを図る国まで出てくるかもしれません。
docomo,au,softbankの勧誘合戦のような感じですね。
 
 
他にも優秀な人材の取り合いも起こります。
優秀な人材は国力の強化につながりますから、高待遇で招待をするはずです。
ここでも優秀な人材にそれに見合う待遇を用意できなければ、その国は人材を失ってしまうことになります。
最近、韓国サムスンへの日本電気メーカーからのエンジニアの流出なども言われていますので、既に起こっている現象なのかもしれません。
 
 
これらは、競争なので、負ける国も出てきます。
もはや移動が自由な時代の想定ですから、どこの国がどこになってもあまり関係ないわけですが、少なくとも分かることは「うちらに貢献できる人材だったら、仲間にいれたげてもいいけど?」みたいな上から目線の傲慢な考え方の国は真っ先に潰れてしまうということです。そんな国からは優秀な人材から順にどんどん人が出ていってしまって、国の規模や税収はどんどん小さくなっていってしまいます。そしていつかは限界集落のようになって、最後には消滅してしまうことでしょう。
 
国を維持するには国民が必要なのです。国にとって国民は神様です。大事に扱わないといけないんです。
 
 
 
    ◆
 
 
国民なき政治と言われます。
 
国がどうして国民を無視できるかというと、結局「多少国民をいじめても出て行かないだろう」と思っているからです。そして実際にいじめられても国民が出て行かないからです。
不満に思えばすぐに人が国から出ていってしまう世の中になれば、そうはいきません。「国籍離脱の自由」を本当の意味で私たちが獲得した時、初めて私たちは国家と向き合えるようになるんです、対等になるんです。
 
私たちは国民である前に、まず地球人であると実感できる時、その時こそ私たちが国家から独立する時です。
有史以来、人類とともにあった国家という概念がついに曖昧になって、国境も融けてよくわからなくなるはずです。
 
その時に、私たちに見えるのは丸い丸い地平線、つまり宇宙との境界線ぐらいです。
 
 
これって、世界統一です。
 
 
かつて多くの野心家たちが抱いてやまず、そして成し遂げられなかった世界統一の夢を、私たちはみんなで抱いて寝ることができる時代が来たのです。
すごいことですよね。
 
 
 
こんなことを考えてる私は夢想家でしょうか?
 
でも私一人じゃないはずです。
 
 
ほら、だってあの曲――
 
 
Imagine there's no countries...♪
 
 
懐かしいけど、新しい響き。
 
 
 
 
 
 
 
P.S.
また性懲りもなく長いです。(なにやってん。。。)
いいんです、好きで書いてるので・・;;
 
Imagine

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