雪見、月見、花見。

ぼーっと考えたことを書いています。

Wandering and Wondering

 

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photo credit: andredoreto via photo pin cc

 

 

 

雨が降る降るとある日のこと。

予報は前から雨でしたけれど、どうしても予定が取れずに仕方無しにその日に美容院の予約をしていたのです。

外を見ると、ザーザーとけっこうな土砂降りです。

いつもは自転車でチリンチリンと行くところなのですが、雨の日だと自転車はビショビショとなるのが予測されるところ。

――ちょっと時間はかかるけれど、行けない距離でもないかな

その日は初めて歩いて行くことにしてみました。

 

 

 

余裕を持って出発して、テクテクトボトボと淡々と独り歩きます。

――あれれ、何だか思ったより早く着きそう

小心者の私は、ほんとに早く出すぎてしまったようです。

 

 

結局、あれよあれよといううちに目的地の目の前まで来てしまいます。

――うーん、けっこう時間余っちゃったなあ。

雨も降ってるし、中に入って待っても良いのですが、それでは何だかシャクです。

――せっかくなのでそのへんをブラブラしてみようかなっと

そうして、私は美容院の直前の道を何となく左に曲がったのでした。

 

 

 

周辺は何の変哲もない住宅街でしかないのですけれど、ちょっと通りから入ると全然違って見えます。

自転車ではさっさと過ぎ去っていて目にも止めていない風景ですが、あえて立ち寄ってみると何もかも新鮮な感じです。

――雨の日にわざわざこんな住宅街を散歩するなんて自分ぐらいやろな~

と独りごちながら、どんどんさまよい歩きました。

 

 

 

どんつきで、線路に到着。

いつもは通り沿いしか通らないのでこの線路は踏切のところしか見てないのですが、その踏切は今や遠くにあります。

――ありゃ、さすがにそろそろ元の道に戻らないとかな

と、線路沿いを通りに向けて歩みを進めていたところ、鮮やかな色が目に止まりました。

 

 

雨しぶきを延々と産み出す雲空の下、

ただただどこまでも続くような線路と砂利石の隙間、

小さな紫色の花が咲いていたのです。

 

それはほんとにちっぽけな花で、名前も全然分からないし、もしかすると雑草というべき類なのかもしれません。

でも、暗い色一色で包まれたその日の世界の中では、その存在は眩しいほどでした。

 

――それはそれは、あまりにきれいで。

 

カメラを持ってないことが残念だったけれど、逆にカメラが無くて良かったような気もして。

多分、これは、この感動は、わざわざこんな雨の日にわざわざこんななんでもないようなところを散歩しないと出会えないものだから。

 

今日はこの子に会うために存在していて、この子がずっと待っててくれた、そんな気がしたんです。

自分一人だけの宝物を見つけたようで、ほんとうに嬉しくて、ずっとずっと私はそこにたたずんでいました。

 

大雨の中、踏切でもない、なんでもない線路沿いに独り立ってる姿はなかなか不審者だったのじゃないかなと思います。

 

 

 

・・・結局、予約には遅刻しました。

 

 

 

          ◆

 

 

寄り道が好きなんです。

 

海外では怖いのであまりできませんけど、旅先でもよく分からない小道によく入ってみたりします。

大勢の観光客が闊歩する喧騒の通りから一歩入っただけで、案外としんと静謐な空間があったりするんです。

 

――ここ、みんな知らないんじゃないかな~♪

と、独りニヤニヤするのが好きなんです。

みんながいっぱい通ってる道より、誰も通ってなさそうな道が何だか気になるんです。

そう、私は天の邪鬼です。

 

 

そして、人生も基本、天の邪鬼のようなんです。

周りの人から、

「えー、普通はこうするよ?」

「そんな、もったいない!」

「信じられない・・・」

とか言われても、ただ個人的に気に食わないと、他の道を選びたくなってしょうがない時があるんです。

みんなが通ってる道は、みんなが勧めてくれてる道は、多分、安全で安定してて無難なんだろうけど、何か違う気がすることがあるんです。

その脇の誰も通ってない小道は、危険かもしれないし、不安定かもしれない、そもそも道なのかもよく分かんないし、無駄な寄り道にしか見えないってみんなは言うかもしれません。

でも、そんな寄り道って、実は案外無駄だったり無益だったりしないものだと思うんです。

 

 

          ◆

 

 

アリは餌を見つけるとそこまでのルートをフェロモンで印をつけます。

多くのアリはそのフェロモンの印に沿ってせっせと餌まで行き来するのですが、一部にルートを外れて「寄り道」するアリが必ず出るそうです。

せっせと餌を行き来している多くのアリから見れば「おいこら、ちゃんと真面目に仕事しろ~」と文句をつけたいところでしょうが、こんな「寄り道」アリにも意味があるんです。

最初にできたルートは最短距離とは限りません。むしろ、最初の誰かがうろうろしていて偶然できた道なので、それが最短距離であることは少ないでしょう。

そんな中、あえて途中でルートを外れて「寄り道」することで、もっと近いルートが見つかることがあるのです。更に他の餌が見つかることもあるでしょう。

こうして「寄り道」アリが見つけたルートが価値があると認められて、メインルートになることがしばしばあるのです。

このもっと良いルートは、ただただメインルートを歩いているアリには決して見つけられません。

メインルートから外れるからこそ、「寄り道」するからこそ、より良い道を切り開く事ができるのです。

そして、それは紛れもなく社会貢献なんです。

 

 

もちろんメインルートをせっせと行き来するアリも居ないと普段のアリ社会の基盤が成り立ちませんから、みんなが「寄り道」するわけにもいけません。

でも、私は最近もっとみんな「寄り道」に寛容になってもいいんじゃないかなって思うんです。

 

「まっすぐ歩け」って、規制をしたり、法律を作ったり、資格を作ったり。

 

「この道から脱落したら終わりだぞ」って怒ったり、脅したり、村八分にしてみたり。

 

「そんなの無駄だ、やめてしまえ」って、バカにしたり、笑ったり、けなしたり。

 

確かに、それでしばらく社会は持つとは思うんです。

でもそのメインルートがいつまでも持つなんて保障はないんです。

そのルートの先の餌はいつまでもあるとは限らないんです。

誰かが「寄り道」しないと、誰かが「未知に挑戦」しないと、ただただその社会はそのメインルートとともに干からびてしまうんです。

 

 

「寄り道」は不安です、不安定です。

「寄り道」してひどい目に会うかもしれない、無駄に終わるかもしれない。

 

でも、必要なんです。

みんなにとって必要なんです。

 

 

お願いします、「寄り道」にチャレンジする人に罵声じゃなく、声援を。

彼らだって心細いんです。

その声援が、どれだけ彼らの歩調を強めるか、どれだけ心の支えになるか。

 

 

お願いします、「寄り道」に倒れた人に侮蔑の目じゃなく、慈悲の手を。

彼らだって悔しいんです。

それを救ってくれる手が、どれだけうれしいか、どれだけ再出発への力になるか。

 

 

 

 

そうすれば、

そうすれば、

いつしかきっと、必ず

彼らは両手いっぱいに紫色の花束を抱えて帰ってきます。

 

 

多分それはほんとにきれいで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 P.S.

ちっちゃい頃は道端のアリを飽きもせず見ていたものですが、

最近はとんとしなくなっちゃいました・・・。

なんだかんだで「寄り道力」は子どもたちには勝てないですよね。

 

働かないアリに意義がある
働かないアリに意義がある

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